楽器テック派遣・楽器レンタルをはじめ、新品・中古楽器の販売、修理、改造(by EBISU GANG)、プロユースのリハーサルスタジオ(赤鬼スタジオ)も経営する音楽集団(株)モビーディックがお送りする超内輪ウケのへんてこサイト「ボンゾ通信」の編集長による日記帳です!※業界の方、内容に何か問題ありましたらコメントつけて下さい。
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おめでとうございます!!(遅いって。。。)
いやはや年末年始は例年のごとく殺人的な忙しさでまったく更新するヒマがありませんでした。
メールを送っていただいた方々にもまったく返事をしてませんね、すいません!
私はちゃんと生きてますのでご心配なく。。。
そんなわけでアメリカ大陸シリーズのお話も、続きは、、、まあ、いいよね。
年末はイベント2本の為にほとんど気力と体力を使い果たし、年始も3日から武道館に登場しまして、ごにゃごにゃやっていました!(笑)
とりあえず心残りは、大晦日のCCレモンホールのイベントで自腹の鏡餅を小屋に忘れてしまったことです(笑)
私の登場する年越しイベントでは毎年必ず登場する鏡餅ですが、あれはイベントが終わったら持って帰ってウチで美味しく頂くってのが恒例なんですが、今年はやっちゃいました。。。
ちなみに今回はベースアンプの上の鏡餅に加え、ドラムセットに注連飾りを付けてみたんですが、いったい何人の人が気づいたかな〜〜?
去年は最低な年でした。。。(毎年、そう書いてる気もしますが。。。)
今年こそはましな年になるといいと思ってます!
とりあえず引っ越ししようと思ってます!
少しは運気が変わるかな〜?
今の最大の課題は、姪っこ達がもう少しなついてくれないかな〜、ってことです(笑)
(お年玉渡すときだけは近寄ってくるんだよな〜〜。)
いやはや年末年始は例年のごとく殺人的な忙しさでまったく更新するヒマがありませんでした。
メールを送っていただいた方々にもまったく返事をしてませんね、すいません!
私はちゃんと生きてますのでご心配なく。。。
そんなわけでアメリカ大陸シリーズのお話も、続きは、、、まあ、いいよね。
年末はイベント2本の為にほとんど気力と体力を使い果たし、年始も3日から武道館に登場しまして、ごにゃごにゃやっていました!(笑)
とりあえず心残りは、大晦日のCCレモンホールのイベントで自腹の鏡餅を小屋に忘れてしまったことです(笑)
私の登場する年越しイベントでは毎年必ず登場する鏡餅ですが、あれはイベントが終わったら持って帰ってウチで美味しく頂くってのが恒例なんですが、今年はやっちゃいました。。。
ちなみに今回はベースアンプの上の鏡餅に加え、ドラムセットに注連飾りを付けてみたんですが、いったい何人の人が気づいたかな〜〜?
去年は最低な年でした。。。(毎年、そう書いてる気もしますが。。。)
今年こそはましな年になるといいと思ってます!
とりあえず引っ越ししようと思ってます!
少しは運気が変わるかな〜?
今の最大の課題は、姪っこ達がもう少しなついてくれないかな〜、ってことです(笑)
(お年玉渡すときだけは近寄ってくるんだよな〜〜。)
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12月6日。
入国が無事に済み、JFKからManhattanへ。
前回私がこの街に来た時は、World Trade Center がまだあった頃。
全米がO.J.Simpsonの裁判に釘付けになっていて、ローマ法王がNew Yorkに来るってんで盛り上がってて、OASISがこっちではまだそんなに盛り上がって無くて、メジャーにはまだイチローがいなくて野茂がドジャースにいました。
あんときは9月か10月くらいだったのかな?New Yorkは凄く暑かった。
でも今回は12月。想像通り凍えるくらい寒かった。
フェイクファーのロシア帽子と、Londonで買った革ジャンと、Liverpoolで買ったマフラーで完全防寒体制で臨んだんですが、手袋を忘れた。。。Liverpoolの教訓が全然生かされてませんでしたね。
ホテルにチェックインしたあと、レンタル楽器のチェックで懐かしのSIRのスタジオへ。
楽器はドラムのパーツがちょっと足りなかったくらいで特に問題は無かったんですが、その足りないパーツを用意してもらうのを待つのに思わぬ時間を食いました。
おかげで終わって出る頃には結構いい時間になっちゃいました。
ところでこのスタジオの周りにはギャラリーがいくつもありまして、そのひとつを覗いてみたら、これが随分ぶっ飛んだギャラリーでして。。。
すげ〜彫刻ですな〜。
こんなんばっか、たくさん展示してありました。時間があればギャラリーを巡ってみるのもおもしろいんでしょうねえ。
ホテルに戻って部屋に入ると、このホテル部屋にテレビがありません。ちなみに私はあまりホテルでテレビを見ないので正直どうでもいいんですが、どうやらほとんどの人は部屋に入るとまずテレビをつけるようで、テレビが無いことにみんな驚いていた様子。でも不思議なことにテレビのリモコンはあるんです。ではテレビはどこにあったかというと。。。
鏡に向かってリモコンをポチっとすると。。。
こんな所にあったか〜!
ま〜、おしゃれなホテルじゃないの!
でも我々の部屋はツインなのにベッドがひとつしか無かったってことも付け加えておきましょう。。。
12月7日。
Fillmore NY@Irving Plaza
モニター卓がロフトみたいな高い位置にあって、FranceのLa Locoを思わせる感じの小屋でして、FOHの卓もバルコニー席にありまして、PAチームはいろいろやりずらかったようです。
楽器は前日にチェック済みだったので楽でしたね。ただ、思ったよりステージの間口が狭くてわざわざ持って行ったアンプ隠しの幕は置くことができず。おかげで幕があるつもりで私がオペするハードディスクはベースアンプの後ろに組んだのに幕が無いもんで私はお客から丸見えになっちゃいました。
12月8日。John Lennonの命日。
NY〜LA移動日。
大陸横断。お昼の飛行機で飛行時間6時間で時差は-3時間。空港でレンタカーを借りてホテルに着くともう夕方。なんだかんだ移動しただけで一日終了でした。
近くのチェーン店のステーキ屋でたらふくメシを食ったらすっかり眠くなってすぐに寝てしまいました。
12月9日。
昼前にルームメイドに起こされ、しぶしぶ外出。昼ご飯はバーガーキング。楽器屋に行ったり、あまりの日差しのまぶしさにHollywoodでサングラスを買ったり、土産物屋をひやかしたりした後、NYと同じようにSIRに行って楽器のチェック。
終わった後は「海に行きたい」というクルーを乗せてSanta Monicaへ。今回、国際免許を持っていたのはクルーの中では私だけだったので運転手です(笑)
「今から行けばサンセットが見れますねえ」なんて言ってたら、思った以上に道が混んでて着いたらもうすっかり日が沈んでて夜でした(笑)
「次はどうしますか?」「ホテルカリフォルニア(ビバリーヒルズホテル)を見に行こう!」「はいはい〜」てんでBeverly Hillsへ。なんせ高級ホテルっすから、「勝手に入ってくんな!」とか従業員に軽く怒られつつ(笑)
ちなみにEAGLESの"Hotel California"のジャケット写真はこのホテルですが、実際の歌詞の内容がインスパイアされたのはメキシコにある本当に「Hotel California」という名前のホテルなんだって。
「じゃあ次は。。。」「夜景っしょ!」「はいはい〜」っと地図も無いのになかばあてずっぽうでGriffith天文台へ。軽く迷子になりつつも(笑)なんとか。。。
見れた〜。
あ〜時間切れです。続きはまた後日!
入国が無事に済み、JFKからManhattanへ。
前回私がこの街に来た時は、World Trade Center がまだあった頃。
全米がO.J.Simpsonの裁判に釘付けになっていて、ローマ法王がNew Yorkに来るってんで盛り上がってて、OASISがこっちではまだそんなに盛り上がって無くて、メジャーにはまだイチローがいなくて野茂がドジャースにいました。
あんときは9月か10月くらいだったのかな?New Yorkは凄く暑かった。
でも今回は12月。想像通り凍えるくらい寒かった。
フェイクファーのロシア帽子と、Londonで買った革ジャンと、Liverpoolで買ったマフラーで完全防寒体制で臨んだんですが、手袋を忘れた。。。Liverpoolの教訓が全然生かされてませんでしたね。
ホテルにチェックインしたあと、レンタル楽器のチェックで懐かしのSIRのスタジオへ。
楽器はドラムのパーツがちょっと足りなかったくらいで特に問題は無かったんですが、その足りないパーツを用意してもらうのを待つのに思わぬ時間を食いました。
おかげで終わって出る頃には結構いい時間になっちゃいました。
ところでこのスタジオの周りにはギャラリーがいくつもありまして、そのひとつを覗いてみたら、これが随分ぶっ飛んだギャラリーでして。。。
こんなんばっか、たくさん展示してありました。時間があればギャラリーを巡ってみるのもおもしろいんでしょうねえ。
ホテルに戻って部屋に入ると、このホテル部屋にテレビがありません。ちなみに私はあまりホテルでテレビを見ないので正直どうでもいいんですが、どうやらほとんどの人は部屋に入るとまずテレビをつけるようで、テレビが無いことにみんな驚いていた様子。でも不思議なことにテレビのリモコンはあるんです。ではテレビはどこにあったかというと。。。
ま〜、おしゃれなホテルじゃないの!
でも我々の部屋はツインなのにベッドがひとつしか無かったってことも付け加えておきましょう。。。
12月7日。
Fillmore NY@Irving Plaza
モニター卓がロフトみたいな高い位置にあって、FranceのLa Locoを思わせる感じの小屋でして、FOHの卓もバルコニー席にありまして、PAチームはいろいろやりずらかったようです。
楽器は前日にチェック済みだったので楽でしたね。ただ、思ったよりステージの間口が狭くてわざわざ持って行ったアンプ隠しの幕は置くことができず。おかげで幕があるつもりで私がオペするハードディスクはベースアンプの後ろに組んだのに幕が無いもんで私はお客から丸見えになっちゃいました。
12月8日。John Lennonの命日。
NY〜LA移動日。
大陸横断。お昼の飛行機で飛行時間6時間で時差は-3時間。空港でレンタカーを借りてホテルに着くともう夕方。なんだかんだ移動しただけで一日終了でした。
近くのチェーン店のステーキ屋でたらふくメシを食ったらすっかり眠くなってすぐに寝てしまいました。
12月9日。
昼前にルームメイドに起こされ、しぶしぶ外出。昼ご飯はバーガーキング。楽器屋に行ったり、あまりの日差しのまぶしさにHollywoodでサングラスを買ったり、土産物屋をひやかしたりした後、NYと同じようにSIRに行って楽器のチェック。
終わった後は「海に行きたい」というクルーを乗せてSanta Monicaへ。今回、国際免許を持っていたのはクルーの中では私だけだったので運転手です(笑)
「今から行けばサンセットが見れますねえ」なんて言ってたら、思った以上に道が混んでて着いたらもうすっかり日が沈んでて夜でした(笑)
「次はどうしますか?」「ホテルカリフォルニア(ビバリーヒルズホテル)を見に行こう!」「はいはい〜」てんでBeverly Hillsへ。なんせ高級ホテルっすから、「勝手に入ってくんな!」とか従業員に軽く怒られつつ(笑)
ちなみにEAGLESの"Hotel California"のジャケット写真はこのホテルですが、実際の歌詞の内容がインスパイアされたのはメキシコにある本当に「Hotel California」という名前のホテルなんだって。
「じゃあ次は。。。」「夜景っしょ!」「はいはい〜」っと地図も無いのになかばあてずっぽうでGriffith天文台へ。軽く迷子になりつつも(笑)なんとか。。。
あ〜時間切れです。続きはまた後日!
11月22日。
「いい夫婦の日」は私の誕生日でした。。。
写真撮る前にちょっと食べちゃった。。。
だいたい切る前に写真撮れよって話で。。。すんません。せっかく頂いたケーキだったのに。。。
チョコバナナケーキ、とってもおいしかったです。
そしてこの日から某バンドのツアーがスタート。。。
誰だかもろわかりですね。
この仕事してなかったら「箏」なんて一生触ることもなかったかもしれないなあ。
11月28日。
アメリカ大使館に行ってきました。
弁護士先生に相談したり、いろいろ調べたりして超緊張して行った割にあっさりと
「米国のエージェントからの書類がまだ届いていないので今日は保留であります」と言われたものの
後日、無事ビザは発給される。
第一段階突破!
11月29日。
さいたまにてアコースティックライヴ。
前日に唐突に「本番中は正装でお願いします。」と言われびびる。
冠婚葬祭以外でスーツを着ることなどほぼありえない私としては「ふつうのスーツでいいですよ」と
言われても大騒ぎなのです。
タンスの奥からクリーニング屋さんから帰ってきたそのままのスーツを引っ張り出し、ワイシャツはどこだ〜?ネクタイは〜?靴は。。。もうマーチンでいいか!(笑)なんて感じで行きました。
皆さんの反応は。。。どうも私がスーツを着るとガラが悪いみたいです。
11月30日。
原宿にてアコースティックライヴ。でも前日とは違うバンド(笑)
この日は普段着(笑)
12月1日。
箏のツアーで福岡に飛行機で移動、乗り打ち。
国内線、久しぶりに乗ったけど、ホントにANAのやたら紙を渡されるシステムは腹立つ!
12月6日。
眠い目をこすりつつ、成田空港へ。
13年ぶりくらいのNew York、JFK空港。第二関門です。
パスポートを出して指紋を採って、ひとことふたことあって、「では、あっちの部屋に行ってちょうだい」と女性管理官に言われました。
まあ、これは想定内でして、(多分、ビザがあっても入国では時間をかけられるだろうという事前の情報があったので。。。)あせりはしませんでしたが
やはり、この「別室」に入ると緊張します。
でも結局パスポートを渡して椅子に座って待ってると、2〜3分でハンコをもらえました。
あとで聞いたらどちらかというと、私の名前が指名手配中のテロリストとよく似ている上、誕生日が一緒だったことが問題だったとか(笑)ホントかよ〜?
まあ、なにはともあれ第二関門無事突破!
今年の2月から続いた問題も、これで新たなステージへと進めそうです。
今度は「Bビザ」だね。
そんなわけで合衆国なわけですが、そろそろ小屋に行く準備をしなくちゃならないんで、また今度(笑)
多分帰国後か?
「いい夫婦の日」は私の誕生日でした。。。
だいたい切る前に写真撮れよって話で。。。すんません。せっかく頂いたケーキだったのに。。。
チョコバナナケーキ、とってもおいしかったです。
そしてこの日から某バンドのツアーがスタート。。。
この仕事してなかったら「箏」なんて一生触ることもなかったかもしれないなあ。
11月28日。
アメリカ大使館に行ってきました。
弁護士先生に相談したり、いろいろ調べたりして超緊張して行った割にあっさりと
「米国のエージェントからの書類がまだ届いていないので今日は保留であります」と言われたものの
後日、無事ビザは発給される。
第一段階突破!
11月29日。
さいたまにてアコースティックライヴ。
前日に唐突に「本番中は正装でお願いします。」と言われびびる。
冠婚葬祭以外でスーツを着ることなどほぼありえない私としては「ふつうのスーツでいいですよ」と
言われても大騒ぎなのです。
タンスの奥からクリーニング屋さんから帰ってきたそのままのスーツを引っ張り出し、ワイシャツはどこだ〜?ネクタイは〜?靴は。。。もうマーチンでいいか!(笑)なんて感じで行きました。
皆さんの反応は。。。どうも私がスーツを着るとガラが悪いみたいです。
11月30日。
原宿にてアコースティックライヴ。でも前日とは違うバンド(笑)
この日は普段着(笑)
12月1日。
箏のツアーで福岡に飛行機で移動、乗り打ち。
国内線、久しぶりに乗ったけど、ホントにANAのやたら紙を渡されるシステムは腹立つ!
12月6日。
眠い目をこすりつつ、成田空港へ。
13年ぶりくらいのNew York、JFK空港。第二関門です。
パスポートを出して指紋を採って、ひとことふたことあって、「では、あっちの部屋に行ってちょうだい」と女性管理官に言われました。
まあ、これは想定内でして、(多分、ビザがあっても入国では時間をかけられるだろうという事前の情報があったので。。。)あせりはしませんでしたが
やはり、この「別室」に入ると緊張します。
でも結局パスポートを渡して椅子に座って待ってると、2〜3分でハンコをもらえました。
あとで聞いたらどちらかというと、私の名前が指名手配中のテロリストとよく似ている上、誕生日が一緒だったことが問題だったとか(笑)ホントかよ〜?
まあ、なにはともあれ第二関門無事突破!
今年の2月から続いた問題も、これで新たなステージへと進めそうです。
今度は「Bビザ」だね。
そんなわけで合衆国なわけですが、そろそろ小屋に行く準備をしなくちゃならないんで、また今度(笑)
多分帰国後か?
訳あってだいぶ間が空いてしまいましたが最終回です。
リバプールはホントに寒くて死にそうなくらいでした。せっかくだからLiverpool F.Cのホーム、アンフィールドスタジアムを見物しようってことでバンドのメンバー2人と行ってみたんですが、やはり、時間が遅かったためにスタジアムの中に入れるツアーはタッチの差で締め切りになった後でした。。。(ロンドンアイに続いてまたもや門前払い!あ!その時もこの3人だった!)
とりあえず博物館とグッズショップだけ見学。そこで発見したのが。。。
トイレの中の手を乾かすアレ。
さすがイギリス!ダイソン製ではないですか!
帰りのバスからちらっと見えたのが。。。
だいぶ解りずらいですがビートルズ関係の写真がいっぱい。
その名も、Hard Days Night Hotel というホテルでした。
やっぱりビートルズ関係の物はいろいろあったみたい。私はあんまりビートルズ詳しくないんですが、キャバーンクラブとか近くにあったのかな?(つーか、今でもあるのかな?)あいにくホテルはちょっと町中からは外れてたんだけど、すぐ近くでもビートルズフェアみたいなのをやってたみたい。
そんなわけで本番はCarling Academyだったんですけど、またもや広い方じゃなくて、Academy2っていう狭い方でして。。。
狭っ!
ウナギの寝床っぽかったですね。前に、岡山にあったライヴハウスを思い出しました。ステージはやはり岡山にある「あそこ」くらい狭かったです(笑)
あまりに狭いもんでいつものようにはアンプが並べられず、ステージマネージャーから「君たちはギターとベースの立ち位置を逆にしてやってくれ」との要請が。。。すごい事を要求してきますねえ。バンド結成以来初という試みにとまどうのもあたりまえです(笑)ていうか、それは日本人だけなのか?もうひとつのアメリカのバンドも逆でやらされてたけどそんなに戸惑ってなかったような気が。。。
しかしリバプール以降の3日間はどこもちょっと狭くて、最終日のオックスフォードでも、立ち位置逆にせよ指令が。。。しかも転換時間をいつもの15分から10分に縮めよ、という鬼のような指令まで。。。いや〜最後のクールが一番きつかったなあ〜。
てなわけで19本のツアーを無事に(?)終えまして11月1日の飛行機でヒースローより成田に帰国してまいりました。
帰り、成田から京成スカイライナーで帰ったんだけど、電車の時間がちょっと空いたので改札の近所のカフェでちょっと一服。。。
カフェでタバコが吸えるなんて日本てサイコー!
帰国後は風邪と時差ぼけでぼろぼろ。。。
ちなみに風邪はやっとよくなりましたが、時差ぼけはまだ治らず。。。
リバプールはホントに寒くて死にそうなくらいでした。せっかくだからLiverpool F.Cのホーム、アンフィールドスタジアムを見物しようってことでバンドのメンバー2人と行ってみたんですが、やはり、時間が遅かったためにスタジアムの中に入れるツアーはタッチの差で締め切りになった後でした。。。(ロンドンアイに続いてまたもや門前払い!あ!その時もこの3人だった!)
とりあえず博物館とグッズショップだけ見学。そこで発見したのが。。。
さすがイギリス!ダイソン製ではないですか!
帰りのバスからちらっと見えたのが。。。
その名も、Hard Days Night Hotel というホテルでした。
やっぱりビートルズ関係の物はいろいろあったみたい。私はあんまりビートルズ詳しくないんですが、キャバーンクラブとか近くにあったのかな?(つーか、今でもあるのかな?)あいにくホテルはちょっと町中からは外れてたんだけど、すぐ近くでもビートルズフェアみたいなのをやってたみたい。
そんなわけで本番はCarling Academyだったんですけど、またもや広い方じゃなくて、Academy2っていう狭い方でして。。。
ウナギの寝床っぽかったですね。前に、岡山にあったライヴハウスを思い出しました。ステージはやはり岡山にある「あそこ」くらい狭かったです(笑)
あまりに狭いもんでいつものようにはアンプが並べられず、ステージマネージャーから「君たちはギターとベースの立ち位置を逆にしてやってくれ」との要請が。。。すごい事を要求してきますねえ。バンド結成以来初という試みにとまどうのもあたりまえです(笑)ていうか、それは日本人だけなのか?もうひとつのアメリカのバンドも逆でやらされてたけどそんなに戸惑ってなかったような気が。。。
しかしリバプール以降の3日間はどこもちょっと狭くて、最終日のオックスフォードでも、立ち位置逆にせよ指令が。。。しかも転換時間をいつもの15分から10分に縮めよ、という鬼のような指令まで。。。いや〜最後のクールが一番きつかったなあ〜。
てなわけで19本のツアーを無事に(?)終えまして11月1日の飛行機でヒースローより成田に帰国してまいりました。
帰り、成田から京成スカイライナーで帰ったんだけど、電車の時間がちょっと空いたので改札の近所のカフェでちょっと一服。。。
帰国後は風邪と時差ぼけでぼろぼろ。。。
ちなみに風邪はやっとよくなりましたが、時差ぼけはまだ治らず。。。
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